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@速読書事典

速読や読書術・書籍の大百科事典です。
速度と政治―地政学から時政学へ : ポール・ヴィリリオ (著), 市田 良彦 (著)




著者:ポール・ヴィリリオ

みんなのおすすめ度 (5点満点):4.0 点





内容紹介: ポール・ヴィリリオは、「速度」に対する徹底的な歴史的考察と哲学的思索を通じて、知の新たな可能性を開き続ける思想家である。本書はその彼の思想の原点となった著作。ヨーロッパにおける戦争の発展史をたどりつつ、同時に資本主義という「もうひとつの戦争」の進化の様を読み解き、「速度術」をキーワードに、時間戦争としての現代社会の帰趨(きすう)をあざやかに描き出している。<p> 近代戦争=全面戦争の進化と資本主義の発展は、歩みを一にしている。それは帝国主義というイデオロギーを共有するためであるのみならず、何よりもまず、両者が「技術革新」を媒介としているゆえである。イギリスの「現存艦隊」にその兆しをみる全面戦争は、戦車の発明によって海から陸へ、さらに戦闘機の登場によって陸から空へと空間的に広がった…。ダーウィンの進化論をなぞるような、ヴィリリオの論の進め方は整合的で、美しくさえある。<p> かようにして地球規模の「非安全地帯」が現出したあと、全面戦争は「時間」の中に移行したのだと著者は言う。たしかに現代は「情報戦」の時代だといわれ、インターネット社会にあっては「速度」は「同時性」の次元にまで高められている。<p> イギリスの産業革命が「技術的優位こそすべての面での優位であるという本源的感情」を創出した、とヴィリリオは言う。そして「事実上、『産業革命』ではなく『速度体制の革命』が、民主主義ではなく速度体制が、戦略ではなく速度術が存在したのだ」と喝破する。速度術とは、人間に速度への欲望を吹き込み、それを持たざるを得なくさせ、速度を支配力に転じさせ、その方法を与えるという、人間に対して操作的=政治的に働く力のことである。この力にせき立てられ、我々はかくも遠くへ来てしまったのか、と驚かされる。<p> 本書は、読者のうちに「速度とは? テクノロジーとは? 人間とは?」といった問いを呼び起こさずにはおかない、知的喚起力に満ちた1冊である。(濱 籟太)






すでに読んだ人: さん

君たちは私を誤読している。
 この本を手にとる人のなかで、ドゥルーズ=ガタリ経由でヴィリリオを知った人はどれくらいいるだろう。「リゾーム」をはじめとするドゥルーズ=ガタリの著書は、文字通りリゾームとしてその参考文献群に対して君臨する。読者は「リゾーム」一冊を読むために、数十冊に及ぶ参考文献を横断しなくてはならなくなる。だが、本書の「訳者解説」に興味深いエピソードが紹介されていた。「リゾーム」で紹介される前のヴィリリオの読者は、軍事史や都市計画史の専門家ばかりであった。それが「リゾーム」によって、突如降ってわいたように大量の読者を得た。そんな喜ぶべき状況のときに、ヴィリリオは「君たちは私を誤読している」という「否」の姿勢をとったのだそうだ。<p> この本ばかりは哲学を意識しない方がスリリングなのではないかと思った。軍事空間の歴史に「時間」や「速度」や「交通」や「身体」といった観点を導入すると、まったく別のテクノロジー史が開かれる。それをヴィリリオは、時代を前後し、東西の史実が交錯する独特の修辞法を駆使し、見事なスピード感で読者をひきつけていく。こんなふうに胸ぐらを掴まれて、振り回された経験は久しぶりだ。なるべく予習はほどほどにして、真っ白なままドコモロジーの世界に飛びこんだ方が、この本に関してはおもしろいと思う。



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速度と政治―地政学から時政学へ














| 本 : 社会・政治 | 05:43 | comments(0) | |
監視社会 : デイヴィッド ライアン (著), David Lyon (原著), 河村 一郎 (翻訳)




著者:デイヴィッド ライアン

みんなのおすすめ度 (5点満点):5.0 点





内容紹介: カナダの社会学者であるデイヴィッド・ライアンは、本書で「情報社会は監視社会である」と断言する。とはいっても、マンションやデパート、さらに繁華街にいたるまで、あらゆる場所に監視カメラが設置されるようになったから、という意味だけではない。ライアンは、監視の行為を「個人データの収集・保存・処理・流通」という、もっと広い意義でとらえなおそうとしている。 <p> インターネットを利用していると、自分の閲覧したサイトの情報が誰かによって収集され、その結果、自分用にカスタマイズされた商業広告が自動的に送信されてくるようになる。また、オンライン登録をしたときの個人データが、企業によってひそかに売買されているという事実もある。このように、誰かが強制的に個人をスパイしたりするような狭義の監視だけではなく、電子的な通信情報テクノロジーによって、私たちの日常生活がモニタリングされていることをも、監視活動の一部として考えようと提案するのだ。 <p> 監視というと、どうしても否定的な側面ばかりが強調されがちだ。だが、たとえば正当な代金が銀行口座から引き落とされるためには、クレジットカードの使用状況を記録する必要があるように、個人データのモニタリングは個人や企業、政府にとって利便性があるからこそ発達してきた。社会全体が合理性とリスク管理をもとめてきた末にたどりついたのが、効率的な監視システムであり、近代以降においては、社会そのものが監視というプロセスを必要とし、その構成要素として監視を内部に組みこんでいるというのだ。 <p> 都市空間にはりめぐらされる監視システム。個人の身元確認を行う網膜スキャンやDNA検査といった生体認証。インターネットなどの国境を越えていく情報の流れ。本書は、多様なレベルで広がる監視社会のすそ野を、社会学の枠組みでとらえようとする画期的な試みである。(金子 遊)





すでに読んだ人:hidiasu さん

新しい監視社会理論
近代は監視を前提としている。<br>これはフーコーが暴き出した事実だが、彼やポストモダニストたちは、そこで、監視を、そして近代を攻撃した。<br>しかし、監視を否定することはできないはずである。ここは近代なのであり、近代的秩序、近代的自由を保障しているのもまた、監視だからである。<p>しかし、監視が危機的であるという認識もまた正しい。ライアンは、監視の危険性を描き出すために、情報化社会を取り出してくる。<p>現在進行している新しい監視は、非身体化という概念で整理される。つまり、今までは生身の我々が監視されていたのだが、現在は監視の対象が我々の一部に変化したとしている、つまり、住所や年齢といった情報、あるいは網膜や指紋といった身体の一部の情報、またあるいは街頭で立っている姿をとらえた画像といったような形で。<p>さらに、細切れにされた私たちの身体は、以前とは異なり、我々の与り知らぬ場所:サイバースペース:で取り結ばれる。監視の非身体化により、監視がより十全に社会を覆い、且つ監視の可視性は奪われ、自由が奪われていく。<p>このような現在の監視の整理の後、ライアンは成すべきことを指し示す。ポストモダンとモダンの境界を往来しながら、目指されるべき未来を提示している。<p>それが成功しているかどうかは読んで確認してください。ただし、近代を安易に否定せずに監視を否定的に捉える営みは、素晴らしいと思います。




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| 本 : 社会・政治 | 05:36 | comments(0) | |
ならずもの国家アメリカ : クライド プレストウィッツ (著), Clyde Prestowitz (原著), 村上 博美 (翻訳), 鈴木 主税 (翻訳)




著者:クライド プレストウィッツ

みんなのおすすめ度 (5点満点):5.0 点





内容紹介:






すでに読んだ人:takuya_o0917 さん

アメリカの真実を問う
 世界超大国アメリカはその地位を保持するに相当する経済力や労働力、政治体制を兼ね備えた学ぶべき点の多い国家だが、9/11でも全世界に露呈した通りその実態は決して尊いものとは言い難い。それはブッシュ政権の強硬姿勢によって狂い始めた国家の歯車に原因があると言っても過言ではない。旧レーガン政権の関係者である筆者が見つめたアメリカの踏み誤った近年の政策を客観的に批判し、その問題の根底を問う。<br> 戦争に関する記述は勿論、経済的背景を基にした国際政策や資源確保等取り上げるトピックは数知れず、若干古い本にはなってしまったが今や発効した京都議定書の不受理に関しても触れられている。例えば自分は京都議定書に関して様々に取り上げて勉強している人間なので、一つ一つのトピックに絞って考察してみれば必ずしも筆者の主張が全てではないと断言出来るが、それでもアメリカの真の実態が如何なるものなのか、客観的に知るいい指針にはなるだろう。<br> アメリカからは学ぶべき点も多いが、その一方で確かに混在するアメリカの許し難い政治実態や社会問題を露呈してくれる比較的手に取り易い一冊と言えよう。



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| 本 : 社会・政治 | 23:05 | comments(0) | |
新自由主義―その歴史的展開と現在 : デヴィッド・ハーヴェイ (著), 森田 成也 (翻訳)




著者:デヴィッド・ハーヴェイ

みんなのおすすめ度 (5点満点):4.5 点





内容紹介:






すでに読んだ人:清高 さん

狙いを明らかにしたのはよいが、単なる批判ともいえる
1、この本の長所
<br />(1)新自由主義の狙いの一つを「階級権力の回復」(要は富裕層やエリートに富や権力を戻すこと。新自由主義を妥当としつつ、不都合な事実を副産物とすることなく)と喝破し、一貫した論述がなされているところ。
<br />(2)新自由主義の不都合を、あらゆる事例を検討しつつ(英米のみならず、中国まで検討している)明らかにしているところ。
<br />2、この本の短所
<br />新自由主義の批判はいいが、それならば(1)ケインズ流「埋め込まれた資本主義」やマルクス流共産主義はうまくいっていたのか(うまくいっていなければ何らかの政策変更は当然だと思う)、(2)今後どのような道を選択すべきか、がはっきり書かれていないので、単なる批判に終始しているともいえる。

<br />3、渡辺治さんの論考は、日本の特殊性(新自由主義化における否定対象が政権与党であるがゆえに、新自由主義化が遅れた、など)がうまく書かれて、参考になる(ついでに言うと、自社(さきがけ)連立政権にもそれなりの理由があったのですね)。
<br />4、結論―1と3は星5つ、2で星1つ減らして、星4つ。



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新自由主義―その歴史的展開と現在














| 本 : 社会・政治 | 22:55 | comments(0) | |
狂気とバブル―なぜ人は集団になると愚行に走るのか : チャールズ・マッケイ




著者:チャールズ・マッケイ

みんなのおすすめ度 (5点満点):5.0 点





内容紹介:






すでに読んだ人:ワカシム さん

カール・セーガン開眼の書!やっと邦訳された涙の一冊
 本書は1852年に書かれた『常軌を逸した民衆の妄想と群衆の狂気(Memoirs of Extraordinary Popular Delusions and the Madness of Crowds)』の邦訳である。知る人ぞ知る超重要古典の一つであり、邦訳が待望されていた貴重な一冊。
<br /> かの偉大なる懐疑論者カール・セーガンは、マーティン・ガードナーの『奇妙な論理』と、そして本書によって懐疑派に目覚めたと述べているほどである。内容も大変に面白い。150年前の著作であることを忘れてしまうほど読みやすく、そして現代人が見ても普通に楽しい。
<br /> 本書執筆当時は、まさに迷信と軽信がもたらした最悪の時代から抜け出した直後であり、陰惨な魔女裁判をはじめ、その一世代前までの、あまたの愚行が、いまだリアルな記憶でもある時代だった。そして、やっと、それらの忌むべき記憶を、愚考として愉快に述べることができた時代を象徴する記念碑的な著作となっている。ノストラダムスもカリオストロも薔薇十字団も十字軍も、19世紀の視点で紹介してくれる。そして大変に面白く、かつ情報価値が高い。
<br /> 我々が読んでいて切なくなることが一つある。この時代は、大衆が愚かさから脱却し、未来の社会への、そして大衆の知への、溢れんばかりの希望に満ちている。本書を読んでいるときに、その約束されたかのような未来への希望を感じることがある。だが、ふと現代人として我に返れば、ああ、大衆の愚かさは全く変わっていない!という現実に向き合わざるを得ない。それが哀しい。




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狂気とバブル―なぜ人は集団になると愚行に走るのか (ウィザードブックシリーズ)













| 本 : 社会・政治 | 22:46 | comments(0) | |
反省 私たちはなぜ失敗したのか? (単行本)




内容紹介:






著者:鈴木 宗男/佐藤 優


みんなのおすすめ度 (5点満点):4.5 点






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反省 私たちはなぜ失敗したのか?










| 本 : 社会・政治 | 08:01 | comments(0) | |